駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

ノ-フューチャー

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分岐点を提示し合うだけの会議に生産性はない。

 

皆無。

むしろマイナス。

 

もうね、こういう会議ってほんっと多くてげんなり。

うんざり。

どんしゃり(←書きたかっただけ)。

 

「要はココを最終的にどうするか、ってコトなんだよ(ドヤ顔)」

「あとは、ソコをAにするかBにするかだけだ(ドヤ顔)」

「AはこんなデメリットがあるしBもこんなデメリットがあるし(からのドヤ顔)」

 

こういうセリフをいいたい気持ちも判らなくはないけど、いややっぱり判らない!

上席の人間程このテのセリフを好むように思うんだけどどう?

そんな時わたしは心の中でいつもこうつぶやいているのだ。

 

「…っで?」

 

分岐点を、声を大にして発表するコトが全くの無意味だといいたいんじゃない。

それはソレで意味がある。

でもその次に決定のプロセスがある場合に限り、でしょ。

 

決定を目的としない会議自体が存在意味不明だけど、実は本当にあるんですよコレがああああああぉぁぁぁぁあああ。

 

みんなアレ、決定したくない病だ。

 

誰かが決定してくれるのをぼんやりと待っているか弱き子羊だ。

 

じゃあ、何かを決めるとすっごく歓迎されるかというと必ずしもそうじゃなくて、決定に対しては文句や抗議を平気でふっかけてくれたりして。

 

そんな輩に毎回毎回キれるようなコトも、もはや無いわけ。

結果的にだけど、より効率的な進行や決定プロセスはすべての人にとって幸福に繋がるケースが多いっていうのを知っているから、粛々とやるべきコトをやる、あくまで多いだけだけどね確定じゃないのがツラみ。

正直怒りを感じるコトさえもったいない。

 

そんな元気があったら起業でもしなさい。

 

そんなやりとりに発展性を感じないわたしです。

でも上司に望まれたらいやいややるけどね。

仕事だったらね。