駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

キャラクタ

f:id:sara_pezzini:20171011190741j:plain

キャラクタの話。

 

仕事柄、キャラクタを取り扱うビジネスに関わるコトが多い。

人が描いた単なる創作物に、人は価値を感じてあまつさえ自分の身の丈を超える程のコストを投入するもの。

 

こんなコトは人間だけなんだろうか。

 

サルに気に入ったキャラクタを見せるともっと欲しがる、なんてコトがあるのかな。

こういう「人にしかない特性」に無条件でありがたみや特別感を感じるのは馬鹿っぽいなと思う。

人にしか出来ないから必ずしも尊いかというとそうではないんじゃないかな。

この場合は、人にしかない愚かさといってもいいのかもしれない。

 

所有欲を満たすコトが精神衛生上メリットがある、とかはありそうよね。

でもその代償とのバランスは、だいたいイビツな気がする。

 

とかいってるわたしもドールやフィギュアなどを集める趣味を持っている。

これらはわたしにとって価値があるのであって、誰も価値を感じてくれなくてもイイと思っている。

 

一人でも全然楽しめる世界なの。

 

なぜそのキャラクタが好きなのかを聴かれても理由は判らない。

好きだから好きなのだ。

 

人によってはこのジャンルが、美少年フィギュアだったり、アメコミアクションフィギュアだったりする。

 

さてそんなキャラクタという商材について、あまり理解のない人がビジネスの場に参加すると、ロクなコトがない。

どこまで行っても商材であるコトは変わりないにせよ、キャラクタの受け入れられ方やユーザの感情を無視したまま取り扱うには、あまりにデリケイトな商品だからだ。

 

キャラクタを愛せないならば取り扱うな、とまではいわないけど丁寧には扱って欲しい。

ユーザはそのキャラクタをまるで生きている存在であるかのように感じ愛する可能性がある、ってコトは忘れてはいけない。

 

キャラクタへの愛が強すぎて奇行に走ってしまうファンをネットで見つける度に「ああ、このキャラクタ、いいディレクションが出来ているんだな」と思うのよね。