駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

自分の考えは伝わらない

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不況が続いたり、なにか不安な状況が続いたりすると人は自己防衛の為か、なにかと考えたくなるものらしい。

望ましくない状況に立たされ心的なストレスや苦痛を感じているのだから、なんとかその状況を自分の中で納得し心の折り合いをつけたいと思うみたいで。

 

何故こんなに苦しいのか、何故思うように周りの状況が変化しないのか、何故自分の考えは伝わらないのか、とかとか、人は日々の生活の中で「気持ちよく無い状況」の連続の中で生きているよね。

 

誰にでもいつでも起こっている出来事に対して、さてどういう行動を起こしていくコトが正解なのかといえば、絶対的な正解などないわけ。

 

変化し続ける日常の中で、相対的な答えをフレキシブルに見つけていかなければ、「気持ち良く無い状況」の打破には繋がりにくいと思う。

 

大抵の場合は人との関わり方が関係するようで、おかしな対人関係を構築すると答えを見つけにくくなるというケースをよく見かける。

 

年齢的に大人になっている人の中にも、無自覚に対人関係のスキルが低い人は全然珍しくないし。

 

無自覚というのがなかなか厄介。

 

自分ではそこの部分が弱いとは思っていないものだから、「何故自分の考えは伝わらないのか」という疑問の原因を探す時に、自分に原因があるかもしれないっていう可能性に気が付かない。

 

プライドに囚われているケースなどもよく見かける。

 

信念を持ち続けながら更に変化への対応力がなければならないのだから、それはそれで難しいことなんだけども。

 

人に指示を出したり作業を配分したりして、自分一人では到底達成するコトができないような目標に向かうってコトをしていると、自分の考えや思いを伝えるコトの重要性が一気に跳ね上がった。

 

原因は自分かもしれない?っていう可能性は捨てずに置くコトをオススメしたい。

そこで意地を張らずに考えてみたら案外簡単に解決するコトもあるから。

 

自分ひとりでできるコトなどたかが知れているって事実を受け入れるのはほんのり痛みを伴うけど、事実として受け入れるコトができた途端に、すべきコトとできるコトとやりたいコトが驚く程鮮明に見えて整理されたのも、また事実。

 

価値観を変えるコトは難しい。

 

考え方や生き方は必ずしも価値観と完全一致していなくても、自分の欲求を満たすコトは可能なのだなと小悟に至る。