駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

端的な会話

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端的な会話が好き。

それは何も情緒的な内容を含まない機械的な情報のみの会話という意味じゃなくって、情緒も情報も含めて過不足ない言葉だけが行き来する会話のコト。

 

わたし、誰かと話をするのは基本的に好まないんだけど、誰かと会話をする時は常に端的な会話を目指している。

あ、ブログで書いてる文章は違うの。

これは会話じゃなくて、一方的な吐瀉物みたいなものだから。

 

あくまでリアルタイム会話の時ね。

 

でも、普段の会話でそのコトをわざわざ宣言するコトはまずない。

そういう、印象に残りがちな自己主張を極力しないわたしなのだ。

 

だから、わたしが端的な会話を目指しているとは誰も気がついていないと思う。

人知れず独り端的な会話の達成を目指すのは、密かな楽しみでもあり、やめられない。

 

ま誰にも迷惑かけてないし、つか多分無駄コミュニケーション圧縮の助けになってるし歓迎されてるんじゃないかな?って思っている。

 

そんなわたしの楽しみを知ってか知らずか時々わたしのように端的な会話を目指している人を見かける。

 

しかし。

 

残念ながらわたしがそのコトを見抜けている時点でその思惑は失敗している。

そして更に残念なコトに、全然端的になっていないイヤむしろ面倒な理屈にまみれた会話になっている。

 

端的な会話を目指して座礁してしまった人は、かなり面倒だ。

タタリ神化したおっことぬし様みたいなもの。

その目標って、実はかなり難易度高いからね。

かなり他人のコト見てないと達成できないヤツだからね。

 

そのコトだけはわかっておいて欲しい。

 

わたしは、「遊び」としてゲーム的達成感を感じているからヤっているだけで、本気で会話の質を高めようと思っていない。

 

会話っていうのは、本当に面倒で効率の悪い手段なんだからね。