駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

わたしは独りで決める

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アドバイスの話。

前にも書いたような気がするんだけど、また感じたから書く。

 

わたしはアドバイスに対して否定的だ。

否定的というか嫌いだ。

嫌いというか悪認定している。

悪認定というか世界から無くしたいと思っている。

 

なんでか。

 

まずハッキリさせておきたいのは、わたしはアドバイスを求めない。

誰かに自分からアドバイスを求めてコンタクトするコトはない。

そもそもが他人との関わりを望んでいないわけなので、アドバイス以前の話なんだけどね。

アドバイスを求めないっていうのは、アドバイスが欲しくなるような困難に出会わないって意味じゃない、もちろん。

むしろアドバイスを求めないと困難は増える。

困難は増えた上に難易度が上がるコトも珍しくない。

 

でも嫌なの。

人にアドバイスをもらって新たな悩みを増やすのが。

 

仮にわたしが誰かにアドバイスを求めて何かしらの提案をもらったとする。

するとわたしはどういう思考に至るのか。

 

  1. この人の言ってるコトわかるけどわたしの状況を全部知ってる訳じゃないからちょっとだけポイントがズレてるんだよな
  2. でもアドバイスくれっていったのわたしだしな
  3. でも今から新しい状況説明するのやだな
  4. だって状況説明したからといってポイントが一致するとは限らないんだよな
  5. 情報が増えたのにまだポイントがズレてたらもう話す意味なくなる、つかそれまでの会話も意味なかったってコトだな
  6. アドバイスなんて求めるんじゃなかったな

 

とても自然な感じ方だと思うんだよね。

人はそれぞれの価値観を持っていて、考え方とか感じ方はそれまで生きてきた環境によって作られたんだと思うのね。

まったく同じ環境で育ってきた他人なんているはずないんだから、違ってて当たり前だと思うんだ。

 

それそのものは別にいいの。

違いがあるっていうコトは単なる事実だから。

 

だからわたしとしては、わたしの状況をちゃんと認識してくれていて、更にわたしと同じ環境で育ってきた人にならアドバイスを求める可能性はあるかもしれない。

 

でも絶対いないじゃん。

あり得ないじゃん。

だから自分でなんとかする。

 

あと、別の意味でも独りで困難をなんとかしたいと思っている。

それは、ある出来事に対して経験したコトを、しっかり自分のモノにしたいという欲求。

 

迷ったり苦しんだり調べたり困ったり焦ったりするのって、ネガティブな印象あるよね。

そう、それは合ってる。

じゃあ、死ぬまでもしそんなネガティブな出来事が起こらないとしたら自分はそれを望むかっていうと、そんなコトはない。

わたしの場合はね。

 

迷った経験があって、そこから抜け出すために考えて決めて見つけて乗り越えたりした経験は、しっかり手に入れたい。

というか他人に渡すつもりがない。

独り占めしたいのかもしれない。

 

そういうコトを思っているものだから、わたしは他人にアドバイスするコトはないし、求めるコトもない。

 

あなたの経験に不用意に踏み込みたくないし、踏み込まれたくない。

機会を奪いたくないし、奪われたくない。

 

そんな感じ。

どこまでいっても、最後は1人で決めるんだよ。