駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

「楽しい」を死守していこう

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つくるコトを仕事にしている。

それが「創る」の時もあれば「造る」の時もあるし「作る」の時もある。

やりたいのは創ることであるのは昔から変わらないんだけど。

 

自分は解りやすいからまあいいとして、仕事で関わる他人が必ずしも同じ感覚でいるとは限らない。

これもまあ仕事を始めた直後に解ってはいたコト。

だからこそ逆算的に自分の感覚や情熱をより鋭角的に研ぐ必要があったし、そうしてきたわけ。

 

自分の「楽しい」を死守するコトは、自分が働く為の必達目的。

 

若いスタッフと仕事をするようになりなにかと考えたりするコトが多くなってきた。

老成するつもりじゃないんだけど、10年違えば、生活も環境も違うのだから考え方の違いも出てくるってもんでしょ。

 

ただ、創る行為に対する意識や価値観だけは世代や時代にあまり関係ないんじゃあないかと常々思っている。

創るモノが時代によって変わったり世代によって流行りがあるのは解る。

 

文学が時代の先っぽだった頃、表現者達はペンを走らせたろうし、最近だったら映像や音の表現に向かうベクトルもあろうし。

もちろん今でもペン一本で表現のチャレンジを続けている人もいるよね

 

彼等は、持っている手段や出来上がるモノが違うだけで創る行為を辞めないというコトが共通した人種だと思う。

 

時々歯痒いのは、作るコトを創るコトと混同し創っている気分になってしまっている若人を見た時の気持ち。

オペレーティングを悪くいうつもりは毛頭無いし、そのスペシャリストもまた必要な存在だと思ってるよ。

 

しかし君よ、自覚的であってくれ。

 

創るってのは本当に苦しくて楽コトことなんだから、ビビらないでやってみて。

ボコスカに凹まされるけどソレでもやれるって思えるならやってみて。

 

努力は必ずしも報われるわけじゃないという当たり前の事実をガッツリ体感出来るなんて、こんなイイことないぜ、と思うの。

 

とこんなコト書いてるけど、他人との関わりを持ちたくないわたしは、彼等に小言をいったりはしない駄目人間。