駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

利他的発想

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「利己的」って単語はリチャード・ドーキンスによって一時期一気に超有名な言葉になったよね。

しかし「利他的」って言葉はなかなか使われることがないように思う。

 

利他的な精神は少なからず必要だと思う。

 

他者との利害が一致しないケースというのは多い、つか殆どのケースで一致しない。

だからこそいくらかの利他的な考え方を自分の行動や考え方に溶け込ませていかないと、お互いに相容れない存在のまま一歩も前進できないなんてコトになる。

 

これはもう一瞬でそうなる。

 

流行モノは絶対に追いかけないと豪語する人ほど流行モノに詳しいという矛盾に似ていて、利己的な欲求を満たそうと考えれば考える程、利他的な行動が不可欠になっていくような気がするんだよね。

 

わたしは聖人ではないから、奉仕の精神だけで生きて行くことは絶対にできないの。

でも結果的に他者と自分がなんだか納得出来そうな接点を持つことができるとしたら、それを否定したりする必要などないんじゃあないかなと思ったりもする。

 

接点は、ないならないで、それが一番なんだけども。

 

だからもっと、他者を見て行かないとなと思う(不本意ながら)。

 

他者をちゃんと見て考えるコトができるようになると、自分のやりたいことの実現性がグっとあがるんだろうけど、やだな、やりたくないな、とゴロゴロする日々。