駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

イワンは愚かではない

トルストイって知ってる?

超有名なロシアの文豪なんだけども。

彼の作品は「戦争と平和」が一番有名かな。

有名だからといって、読了した人が多いとは限らない。

わたしも読んだコトはありません、1ページも1文字も。

 

そんなわたしが何かを創作して生きていきたいと考えておられるような人たちに読了を提案したい作品がある。

 

それがトルストイもう一つの超有名作品「イワンの馬鹿」

 

どういう話か。

「手で働くより、頭を使って働けば楽をして儲けることができる」

こんな悪魔の主張を相手にしなかった、ただ体を動かして働くコトだけしかしない無欲で馬鹿なイワンが、最終的に「幸せ」らしき状態に辿り着く、といういたってシンプルな話。

比較対象として、権力欲の象徴たる長兄、金銭欲の象徴たる次兄、なども登場する。

で、基本的には人間らしい欲望につけ入れられ、破滅していく。

 

正直者が馬鹿を見る、というルールが現実だといわれれば、その通りかもしれない。

わたしもマザーテレサのような気持ちにはなれない。

 

がしかし。

 

自らが何を成さんとしているのか、ってコトに対しては、常に誠実でありたいなと思うわけなのよ。

自分が守りたいルールや自分が到達したい高みを簡単に変更してはいかんな、とかさ。

 

自分の創作行為に付加価値を発生させていこうというのであれば、テクニックだけでは続かないと思うよ、といいたい。

 

広告業界もそうだし、IT業界、ゲーム業界も、出版業界も、まあ殆どに共通して感じる。

 

時代の流れというのは確実にある。

トレンドを察知して生きていくコトが前提として求められる時代だよね。

ただし、自分の技術や感性、発信したい何か、その手法、などは「結局は自分の中からしか発露しないもの」であり続けると思う。

 

たとえ時代が変わっても。

 

自分は、何をして生きていくのか。

その答えは一人毎に違う。

ある人の答えは別の人にとって間違いでもあるだろうし。

 

時代の寵児たちが皆、シビアな現実を切り取る視点を持っているのと同時に荒唐無稽な夢もまた大いに語るのは、単なるテクニックではない何かを成さんとしているからに他ならないなーと思うんだ。

 

「馬鹿」と「愚か」をワケて考えたいんだよね。

ま、単なる言葉選びなんだけど。

 

わたしは愛情をもって「馬鹿」という単語を使いたい。

愛すべき存在。

何かに打ち込むあまり、人として何かを欠損しているような人。

欠損はつまり魅力、だと思う。

 

判断能力が劣っている状態は取り立てて素晴らしい状態だとはいわないけど、それくらいどうってコトないっつー話。

 

ただ愚かである事は避けたい。

愚かとは何か。

 

考え方にしなやかさが無い様、だと思うんだ。

 

いくら情報を詰め込み知識を増やしたとしても、色々の可能性に目を向けるコトができないあまり「唯一解」を求めてしまう様、とかかな。

 

馬鹿であれ、ただし愚かしくはなく。