駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

恥ずかしい遊び

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「想い出し恥ずかし」はとても楽しい。

いうまでもなく「想い出して恥ずかしがる」という遊びのコト。

過去の自分の失態や、思わず吐いてしまったクさいセリフ、昔の自分の趣味など、人生には恥ずかしい出来事だらけ。

 

遊び方

豊富な恥ずかしい想い出を忌み記憶として封印するのではなく、敢えて意識の表層に引きずり出し身悶えしながら楽しむというマゾヒスティックな遊びね。

ただし、なかなかこの良さを共有できる人はいらっしゃいません。

 

初歩的な楽しみ方は、他人と一緒に自分の想い出し恥ずかしを語り合うコト。

かなり恥ずかしいです。

 

自分のあんなトコやこんなトコを晒け出す程度には充分恥ずかしい。

自分羞恥プレイといえるかもね。

ただこの恥ずかしさは最終的に笑いに転化可能で概ねそういった帰結を見ることになるんだよね。

 

他人のあまりに恥ずかしい過去は笑えるから。

 

わたしが以前、ワンピースのドレスを纏い縦巻きロングヘアー(ちろんズラ)での楽器演奏っていう有様をTV放送されてしまった際、知り合いには黙っていたのにたまたまその放送に遭遇してしまった友人が翌日「見たよ」とニヤついた顔で躙り寄って来た想い出などは、まだハハハと力なく笑える程度のインパクトでしかない。

 

上級者ルール

本当に恥ずかしい想い出などは、自分一人で楽しむもの。

そしてこれはちょっと高度な楽しみ。

笑いというオチ、着地点がないのでただひたすらに恥ずかしいループに陥るだけなの。

このハードプレイに耐えるのはかなりの精神力がいるんだ。

 

つまりかなりのM的素質が必要。

 

さてわたしは、自分をS的素質が間違いなく多いであろう人間だと思っているけど「想い出し恥ずかし」で自らを辱める、苛める行為は、果たしてS的欲求を満たすことなのかM的欲求を満たすことなのか、わからなくなってる。

 

時々不意に「想い出し恥ずかし」で転げ回りたくなることがある。

もちろん一人で羞恥ループにズブリとハマリ込み、一人顔を赤らめている。

人知れず。

 

具体的にナニが楽しいのかというと全然説明できない。

でも時々ヤリたくなるのだから仕方ない。

 

自分が強烈に感じる恥ずかしさは、たぶん他人にとっては大して恥ずかしい出来事ではないんだと思う。

恥ずかしさとは実にメンタルなものだから、他人には理解・共感出来ない部分が殆どじゃないかな。

 

それ故に、自分一人で楽しむ遊びとしてはハイレベルだと思うわけ。