駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

ガラクタ

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身の回りにはガラクタだらけ。

この場合のガラクタは、誰も知らないようなマイナーキャラクタの人形や30年も前に廃刊になった月刊誌の創刊号だとか具体的な物質としてのガラクタが含まれてるけど、それだけじゃない。

 

知識や経験、人間関係やしがらみなどといった無形のガラクタをも含んでる。

 

わたしは生きれば生きる程ガラクタを次々と抱えてしまう性質のようで、必要不必要に関わらずただ目の前にあるっていう理由だけで手を出してしまったかのごとく、無節操に無自覚に無分別にガラクタを集めていく。

 

やがて身の回りでうず高く積み上がったガラクタによって自分の正体を見失ってしまう程の状態になるまで、そのガラクタ達の脅威を全く無視していられるのだから不っ思議ー。

 

わたしの場合はそういう自覚はほんの少しだけ持ち合わせている。

無形に類するガラクタは割合に手を出さずに生きている方だと思う。

 

そもそもただでさえ面倒な人間関係を、社交性や周りへの影響など自分以外の何かの為に、わざわざ抱え込もうって気持ちに到底成りえない、と感じてしまう。

 

「人間関係」のような難題に向き合うなら、自ら望んだ関係で無い限り何も達成出来ないし何処にも到達出来ないと思うんだ。

 

だからわたしの周りの人間関係はシンプルで潔い。

 

ただし、具体的な物質としてのガラクタについてわたしの集め方は酷い。

 

無節操、無自覚、無分別、とは正にこのコト。

お金の無い頃からクダラナイ物を購入しては友人や家族に、たしなめられてた。

 

それでもわたしの無軌道ぶりの前では馬耳東風。

まったく気にすることなくガラクタを買い漁ってた。

 

したがってわたしの身の回りにはシンプルな人間関係と煩雑な物が溢れている。

 

ガラクタ、といってはいるけど当人にとっては充分に価値を感じて所持しているモノばかり。

価値を感じていないのに所持し続けるコトを、是としていない。

 

一番重要なのは、わたしにとって意味があるのか無いのか。

 

お前なんでこんな物持ってんの?!

今後、そんな品々を紹介してみようかなと思ってる。

くだらない物がお好きな方は、楽しんでもらえるかもしれない。