駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

極限音楽

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デス・メタルや、グラインド・コア、ハードコア・パンクなど、メロディの優先順位が音の突撃性よりも低いタイプの音楽は、明らかに少数派の好事家によって狭く深く楽しまれている。

 

なんだったらこういった音楽しか聴かないもんね、という向きの人も結構いると思う。

 

わたしとしては、音楽に求めるものがただ一つの性質ではないので、こんなのも好きだしあんなのも好きというコウモリ的趣向性を標榜している。

ただ「好き」といってしまう以上は「なんとなく好き」程度のヌルいファンでいることを良しとはしていない。

 

鼓膜を痛めつけたい衝動がある。

オールドスクールなドロドログチャグチャなデスも味わい深いと感じるし、メロディック・デス・メタルなんかも好き。

 

エクストリーム・ミュージック全般をおいしく食べれるクチなので、本来のアンチ・ミュージック的姿勢が失われたデスメタルにも全然寛大なわけ。

 

でも暑い夏なんかは、そういうものではなく何故か更に暑苦しいグラインドなどを聴きたくなったりもする。

 

ロディアスなものを排したくなる。

 

間違いなく不快な行為と判っているのに、音の圧力で鼓膜をグイグイと押してしまいたくなるので、自虐効果のある音楽、自傷行為たる音楽、とはいい過ぎているけど遠からずそんな意識でもって、それらの音源を手にとる。

 

メロディが音楽の全てではないという当たり前のコトを再確認したのは音楽を聴くようになってから思えば、随分と後のコトだった。

 

スレイヤーを入り口にして緩やかに地下音楽に降りていく途中、ナパーム・デスやアナル・カントに足を踏み入れた頃になると、鍵盤を10年以上習って得た知識があまり通用しない音楽世界への好奇心は極端な勢いを持って突き進むのみとなった。

 

しかし今でも不思議なのは、当時身の回りにこのテの真性なファンがいなかったコトで、一人でそういったドロドロとした領域をウロつくのがたまらなかったんだろうかね。

 

若い若い。

 

正直、魅力を言語化するのは難しい音世界。

聴いてみて、とCDを渡してもなんだか魅力が伝わる気がしない。

いきなりライブに連れていくのも違う気もするし。

 

今はwebで簡単に音源をサンプルとして聴くコトも出来るので、ダメモトで聴いてみるくらいかな、と消極的に。

 

もしかしたら、気に入るかもしれないじゃん?

 

「周りに聴いてる人がいない」って状況が、「マニアックであるという状況を無条件に好む」という浅はかな楽しみに転嫁できた可能性は否定し切れない。

 

クイーンやメタリカを聴く感覚とは別の神経で楽しむ音楽として、グラインドとかテクニカル系デスに一時期ガッツリハマった。

 

音質が劣悪な音源と、劣悪かつ悪趣味なジャケットに、うへーといいながら、一人黙々と音源を漁っていた。

 

結果的に、「音として」高品質なのがポイント。

衝動を誘発する音ってのは、あるもんだね。

www.youtube.com

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Scum

Harmony Corruption: Deluxe

Utopia Banished [12 inch Analog]