駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

困難と経験

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経験値*1稼ぎが嫌い。

 

既に楽勝に倒すコトができると判っている敵を何度も相手して、数値付与を目的に楽しみ成分が含まれない行為をただ繰り返すなんて、ヤッテラレナイ。


幾らかの反復行為は、その後に期待される成果をヤル気の材料にしてなんとか楽しむコトもできそうだけど、その基本的な構造はやはりどこまでいってもカセでしかないと感じる。

これは自分が老いたといえるのかもね。

 

ただ、ドラクエ3*2くらいまでは経験値稼ぎの苦痛を感じてなかった。

これは安易に感覚の経年変化じゃないと思うんだ。

それは、ドラクエ3レベルデザインがあまりに是妙過ぎたという可能性を否定し切れないから。

 

時代の空気感やその時点でのゲームリテラシーもそれぞれ影響していただろうから、今また同じタイトルを同じ時間をかけてプレイしたところで、比較対象として見るコトはできないようにも思う。

 

昨今のゲーム体験において、経験値稼ぎが楽しいって状況とは随分疎遠になってる。

 

みんな経験値ってそんなに欲しい?

 

そもそも、経験値って単語を想い直してみるとなかなかの発明だなとは思うよ。

始祖はもちろんD&D*3

 

成長の過程と成果を定量的に表現する方法として実に秀逸よね。

難易度が高く多くの時間を必要とする行為に対して、より多くの経験値を付与するコトで困難のレベルを定量化している訳だから、これ程判り易いコトはない。

問題点は全て一つの軸に集約されて統一されたベクトルの成長ストーリーをイメージできる。

 

ただし、困難が正しく困難として扱われていれば、の話。

困難はこんなモンじゃないはずだ。

 

楽勝で倒せるようになったドラキーやスライムを何度も何度も繰り返し倒すって行為は困難ではなく忍耐でしょ。

いっそ忍耐値(Patience point)とかでもいいんじゃないかと思う。

困難そのものの評価には幅があるとはいえ、救済措置として機能する手段が低困難の反復という解決方法である点はどうも好きになれないんだよね。

 

ちゃんと困難を与えられたい欲求を満たしてくれないわけなので。

 

と、こんなコトを考え始めたきっかけはゲームそのものではなく、人としての生き方についての想像だったりする。

 

齢を重ねるだけで経験値を全然溜めてこなかったと想像出来る他人様について、偉そうな考えを巡らせていたの。

 

自分の経験値も大したモンじゃないコトは判っているつもり。

ただ少なくともスライムを10000匹狩り殺すって手段を取るタイプではないんだね。

 

忍耐が無価値だという気持ちは更々ないの。

でも。

耐えるって受動的な行為だけでは成長の要素として不十分だと感じない?

*1:経験値:ロールプレイングゲーム (RPG) やシミュレーションRPGにおいて、キャラクターの「成長」の度合いを表すための数値のコト。Ex、EXP、XPなどと略される。pointを「点」として「けいけんてん」とも呼ばれる。
経験値 - Wikipedia

*2:ドラクエ3:『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(ドラゴンクエストスリー そしてでんせつへ)は、1988年(昭和63年)2月10日にエニックス(現:スクウェア・エニックス)より発売されたファミリーコンピュータロールプレイングゲーム
その後、リメイクとして1996年(平成8年)に『スーパーファミコン ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』、2000年(平成12年)に『ゲームボーイ ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(ゲームボーイカラー専用)が発売されているほか、2009年(平成21年)より携帯アプリ版も配信されている。2011年(平成23年)9月15日発売の『ドラゴンクエスト25周年記念 ファミコン&スーパーファミコン ドラゴンクエストI・II・III』に、FC版およびSFC版が第1作『ドラゴンクエスト』や『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』と共に収録された。
ドラゴンクエストIII そして伝説へ… - Wikipedia

*3:D&D:『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(Dungeons & Dragons : 略称はD&D)は、アメリカのファンタジーテーブルトークRPG。世界で最初のロールプレイングゲームであり、他のロールプレイングゲームの原点ともなり、最も広くプレイされた作品である。日本語版はいくつかの出版社から翻訳されていたが、2014年現在ではホビージャパン社によって発売されている。
ダンジョンズ&ドラゴンズ - Wikipedia