駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

オトナ

f:id:sara_pezzini:20171108203847j:plain

大人(オトナ)になるコトの話。

子供の頃には憧れだった。

早く大人になりたいと思っていた時代がわたしにもあった。

 

大人になると「仕事」をヤるらしいけどそれはなんだかカッコいいなと思っていた。

大人になると何も怖くなくなるんだろうと思っていた。

大人になると怒られたりしないで、むしろ怒る側になるのが羨ましいと思っていた。

大人になると新聞を読んで難しい話をしながらお酒を飲むのが正解だと思っていた。

 

さて実際にわたしは大人でしょうか。

答えは残念ながら

 

まだ大人になれたという実感はない。

いや実感がないどころか、このまま自分は生涯を通して大人にはなれないんじゃない?、とさえ思っている。

 

外観でいえばそれなりに経年劣化しているのはもちろん自覚してるけど、かつて予定していた大人からこうまでにかけ離れるとは思っていなかった。

正直なトコロ。

 

実は子供の頃のままの方が、大人になってからは価値が高まる部分もある。

それは「素直になる」っていう、今更取り立てていうのも恥臭い当たり前のコト。

こういう極度に当たり前のコトには、結構気が付かないもので。

 

大人になるとだんだん素直じゃなくなるように思う。

そして素直じゃなくなっているコトにはなかなか気付くことができないから面倒。

いつから素直さを失っていったのだろうかと考えてしまう。

 

そしてそれはたぶん、子供の頃に思い描いていた「オトナの定義」に、変更を加えてしまった瞬間が始まりだったんじゃないかな。

その時々の事情や環境をいいわけ材料にして、自分の「オトナの定義」はコトある毎にエッジが甘くなり、本来の形から変わってしまったのだと思う。

 

こんなハズじゃなかったとはいわないけど、「正解」は子供の頃に完成していたのかもなと感じる。

 

最近は、素直にいようと思うコトが多くなった。

この発想そのものは幼稚な思い付きだけど結構気に入ってる。

 

自ら思い込むという行為は得意技なので、自己暗示にかかった途端に色々な事がスルスルと体に入り込んでくるようになった、ような気がする。

 

「オトナの定義」、小学校の頃に完成してたと思い返すのは悪くない一人遊びよ。

あの頃「イかしてる!」と思えた大人のいっていたコトを思い出して、素直に聴いてみるんだ。