駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

痛み

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痛み、傷み、の話。

わたしは比較的幼い頃から、痛みに強い。

肉体的な強さとか心の強さは獲得できなかったけど、痛みに対しては、そこそこ強かった。

 

強かったというのか鈍かったというのか。

 

子供の頃、走って転んで膝とか肘をズルリと擦りむいたりした時、わたしはあまり泣かなかった。

それより何より、恥ずかしくてたまらなかった。
上手く走れなかった自分を覆い隠してしまいたかった。

 

そういう時にわたしは、痛みをじっくりたっぷり味わうような時間を過ごせない。

無意味ないいわけをたくさん考えて、何事もなかったように、動揺なんてしていないフリをするのに必死だ。

 

そうしてわたしは、身体と心のコネクトを切る方法を手に入れる。

 

OFFる、という感じ。

 

身体が傷ついて感じる痛みなんて、なんてコトない。

しょせん痛みは身体が発するただの危険信号。

 

身体の視点から一方的に非常ベルを鳴らしているんだな、って思うとなんだか身体に従順でいるコトが嫌になってきた。

 

身体は自分そのものだから当たり前?

わたしの自意識は、身体よりもむしろ心に基準点がある、と思う。

 

身体なんてアテにならない。

事実わたしの身体はあまりデキが良くないけど、それはわたしそのもののデキには無関係だ、と思いたいんだね。

屁理屈だって判ってるけど。

 

身体と自意識を分離して考えるコトで、わたしは気持ちの平穏を保てる。

 

こう書いてしまうと、両腕に切り傷がたくさんあるような連想をされるかもしれない。

 

でもわたしはそんなコトはしなかった。

 

肉体的な傷を軽んじているから、わざわざ傷つけるコトに価値を感じなかったんだと思う。

 

傷つけるコトで平穏を感じたら、もしかしたらやっていたかもしれない、いやないなやっぱ。

身体に対してわたしは冷たいから。

 

健全なる精神は健全なる身体肉体に宿るとか。

わたしの精神はじゃあ死ぬまで不健全だ。

わたしはそんなコト受け入れない。

何年前の話だって。

 

はやく誰か、身体がポンコツでも健全なる精神はちゃんと宿るよ、って意味のコトワザとか考えてバズらせて。