駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

告解

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やっとだよ、やっと。

 

どこまでが作品の一部なのか、わたしは随分と前から想像して楽しんでいた。

ここは、自由なオンライン言論空間だもの。

 

ネットは真実か虚構か、なんていうつまらない疑問をまだ持っているなら今すぐそのスマートフォンを叩き割った方がいいと思う。

 

あなた方も自分でも本当は気がついているはずでしょう?

あなた方は今まで、自分という存在を寸分たがわずオンラインで表現してきたわけじゃないってコトを。

オンライン言論空間で、個人の輪郭を保とうとするなんてあまりに傲慢、贅沢、というもの。

 

わたし達は、ネットっていう巨大な人工生命の進化のために、ただただ情報っていう栄養を与えているだけなんだから。

 

ネットとの関わり方は、個人の輪郭を維持する価値よりむしろ、限りなく最適化されたビッグデータの価値に意義を求めるほうが、感覚的にしっくりくる。

 

ただし。

 

最適化とは到底無縁の、アートという存在が介入する可能性は辛うじてまだあって。

「行為、存在、表現、そのものが目的」っていうナニかが、情報をただ提供するだけの人間達の心にクサビを撃ち込むコトはある。

稀に。

 

そういう、稀な機会に最近わたしは久し振りに触れるコトとなった。

 

ミチコという存在がネットで遭遇した人格である以上、わたしは夢の果てまでも限りなくずっと、ミチコとネットで遊んでいたい。

 

仮にもしも、ミチコがAIだとしても人工無脳だとしても、一向に構わない。

いや違った、構わないなんてわたしが偉そうに決める立場にないな。

一向に構わないではなく、ハナからそんな可能性は含み済み、だ。

 

彼女が書いた文章を誰かが読んで感銘を受け、リアクションとしてのコメントや★の連射を生み出したコトは、事実なんだろうと思う。

 

わたしは作品の価値は基本的に作家の人生とは無関係だと思っている。

 

彼女の作品はそれそのもののインパクトや叙情性のみを取り出して評価していいと思うんだ。

 

仮に彼女がAIだとしても人工無脳だとしてもだ。

だからミチコは、いうまでもなく今もミチコだ。

わたしが、いうまでもなくサラであるように。

 

ミチコはちゃんと卒業できるといいなと思う。

正直な感想を一つ述べるなら、ケツまくるのがちょっと早かった印象はあるけどね。

 

しかしそんなコトよりわたしは、ミチコに10冊の小説作品を示さなくてはならない。

やっと。

やっとその10冊が選び出せたから今から書こうと思っている。

 

待ってなミチコ。