駄目人間は今日も

駄目人間鬱患者サラがいいたいコトを吐瀉する徒然エッセイ

駄目人間は今日も

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わたしは人前で怒りを表現するコトが比較的少ないと思う。

わたしが怒りを表現したコトで多くの人を無駄に傷つけてしまったコトや、そうした怒りの表出がわたしにとって本当に重要だったのかな?という疑問に答えをみつけられなかったコトが、その理由だと思っている。

では怒りを感じるコトがなくなったのかといえばそんなコトはない。

日々怒りの連続といってもいい。

 

ただ怒りを感じた時に、なぜこの怒りを感じたのかなって冷静に考えられるまで、一呼吸おくような時間をあけるようになった。

 

即座に何かを考えたり行動したりするのをやめたってコト。

 

そうすると、自分の考え方の底に流れている何かとか、反射的に感じてしまう心の薄暗い部分にある種(タネ)がよく見えるようになった。

 

自分は思っていたほど優しい人間ではないんだなって。

 

かといって、じゃあ自分という人間をどうやったら自分が思っているような、というか自分があこがれるような人間に変化させていけるかと考えても、なんだか気持ちがふわふわしてしまう。

 

これはこれで正解が見えにくいものなのだとは思う。

難しいし見えない。

 

それでも、わたしは無暗矢鱈に誰かを攻撃したいとは思っていないので、ゆっくり自分を変えていくためには独りでいると安心できる。

 

消極的な対処だと自分でも思う。

 

でもわたしのコトってわたししか知らないじゃん?

諦めたコトをもう一度意識のステージに引っ張り上げるのって、なかなか苦しい。

 

世界は、自分と他人しかいない。

これはとても悲しいし空しい理解だけど、そう感じるコトでわたしは自分を慰めるしかなかったのだから仕方がない。

 

そしてそんな理解をしている人間は、他人と何かを共有するのがとても難しい。

ほぼ絶望的。

でもそれはわたしが選び取ったルートだ。

心の弱い部分は時折、淡い甘い魅惑の幻覚を見せてくる。

そしてうかつにも一歩足を踏み入れてしまうコトもある。

でも一歩まで。

そこから先はわたしが自分で捨ててしまったんだもの。

 

知らないコトを無限に知りたがるような情熱と共に、捨ててしまったの。

 

怒りは消えない。

でもわたしは自分の感覚の輪郭線をボカしながら、半分酔っ払ったような気分で日々を過ごす。

過激な音楽を聴くと少しだけ気分が楽になる。

 

そうしてヘラヘラして生きる。

空気になる。

 

ベッドの上で何度もくりかえし考えて泣いたコトを、思い出さないように。

消えてなくなるコトはないけど、毎日向き合わなくても生きていける。

 

わたしは毎日、目を逸らしながら生きている駄目人間。