駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

マウンティングは猿の行為

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じゃない、人間のマウンティングの話。

できればマウントポジションの話をかければいいんだけど、好きな話題なのに書けるコトが極端にすくないので、やっぱりマウンティングのコトを書くコトにする。

 

マウンティングという単語、去年くらいからわたしは急に耳にする機会が増えた、ような気がする。

あまりわたしには関係ないような気がして意識をフォーカスせずにいたのだけど、あまりに周りで聴く機会が多くなってきた。

 

マウンティングされたとか、してやったとか。

 

ネットをフラリとうろついてみたところ、本来的には猿がほかの猿に対してする行動だそうな。

強い側の猿が弱い側の猿のおしりに交尾の姿勢でのっかって、強さをアピールして上下関係を示すんだって。

 

「お前、わかってるよな」みてーな感じなのかな。

まそうだとして。

 

そのマウンティングに例えられるような上限関係を権勢するような会話のコトを、最近ではマウンティングと呼ぶらしい。

 

猿の行為に例えている、という部分はそれでいいの?とまず思った。

 

マウンティングというのは、明らかな上下関係を示すものなのに、人間の会話におけるマウンティングは、とても分かりにくいんだそうだ。

知らない内にマウンティングされていて会話の表面上は楽し気に進行しているのになんだかモヤモヤするという状況ってのは実はあなたはマウンティングされてるのだよ、的な文章が検索するとわんさか出てきた。

 

吐き気を感じるほど出てきた。

 

わたしなどは、ただでさえコミュ障で他人との距離調整が不得手なのに、そんな高度な戦いに参戦できる気がまるでしない。

 

わたしを相手にマウンティングなる会話をしかける必要などないと思うけどもし仮にそれが起こったとして、わたしはそのコトに気が付けるだろうか、と不安になる。

いや不安になる必要などないのかもしれない。

気が付かないなら気が付かないで、相手は優越感に浸り、わたしもダメージを受けないだけのコトだろうからね。

 

それとも、ダメージを与えそこなったマウンティングは怒りエネルギーに転化されて、より過激で強烈なマウンティング行為を呼び起こしたりするんだろうか。

 

そうなったら、鈍感なわたしでも流石に気が付くかもしれない。

ただ、もしそうなってわたしが気づいたとして、さてわたしはどんな風に振舞えばいいんだろうか。

 

わたしは誰かを誉めそやすのが絶望的に下手だ。

 

褒めたい気持ちが起こりにくいのでは決してない。

褒め方が下手なので、褒めてる感が出にくいんじゃないかな、と思っている。

あくまで自己評価だからアテにはなんないんだけど、とにかく褒めるのは下手だと確信しているんだ。

 

優位性を獲得したい人にはドウゾドウゾという気持ちにきっとなるだろう。

 

しかしもし仮に、マウンティングをしたい誰かの欲求が、抵抗しなんとか勝とうとしたが結果的に負けてしまって悔しい、という状況を相手に望むものだとしたら、わたしはその満足を満たすコトはできないような気がする。

 

それは単に、わたしが誰かと争いをしてまで獲得したい何かというものをイメージできないからだ。

単純に欠損しているのだと思う。

 

わたしはマウントポジションをとりたいとは思わない。

何故ならとりたい理由が今のところ見つからないからだ。