駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

食事

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わたしの食事はとてもシンプル。

考えなくてはならない要素が少ないと思う。

元々、食べるという行為にさほど魅力を感じていないので、自分の食事を用意するのがとにかく面倒だし、外食するにしてもあまり情熱を持てない。

つまらない人間だと自分でも思うんだけど、興味が持てないものは仕方がない、興味がないんだもの。

スイーツの意匠を凝らしたビジュアルとか、和食の食器が演出するイメージとか、食そのものとは切り離して考えられそうな要素にはチラリと興味がわくのだけど、たぶんソレは見方がおかしいんだと思う。

スイーツにしても和食にしても、ソレが食が最終的に目的となっているコトが、設計や演出に無関係であるはずがないだろうと思うからね。

そういう意味でわたしは、それらの価値を理解していないんだろうなって思う。

 

そんなわたしの昼食は基本的に毎日同じ。

素材は鶏ムネ肉とレタスとブロッコリー、以上。

知り合いにそのコト話すと、ボディビルダーになりたいのかといわれたけど、もちろんそうじゃない。

色々と、でもさしたる情熱はないため時間がかかりつつ試した結果、この内容がわたしにとって、分量的にもエネルギー的にもちょうどいい感じだと分かったんだ。

レタスは生のままレモンを絞って食べて、鶏ムネ肉とブロッコリーは茹でて塩味で食べる。

コレに慣れると、昼食はルーティーンになった、準備も食べるのも。

朝と夜は、一人の時間なので食べたり食べなかったりで、生きていくために必要だと割り切って適度に必要なものを食べるから、必ずコレと決めていない感じ。

できたらそれらを考えるコトもやめたいんだけど、今のところ昼食までしか完了していない。

 

間食もしない、面倒だし。

 

じゃあそれが食事の全てかというとそうとはなっていない。

様々な理由で外食をする必要が生じるコトはままあって、その時はその場に合わせてなんでも食べる。

主には誰かとの食事になるんだけど。

 

独りで外食するくらいなら餓死するわ、って感じなんだな。

 

もはや好き嫌いは殆どないか、あ、パクチーだけは今でも苦手かも、なんだか石鹸をかじっているような気分になるからなんだけど。

とにかく普段はわたしという存在を可能な限り平易に目立たなくしたいと思っているから、「わたしコレは食べません」みたいなコトは一切いわない。

出て来たものをほどほどに食べて、ほどほどに飲む。

 

結果的にだけど、その機会がわたしの生命活動維持に役立っているのかもしれない。

食べたくないのに生きていたいと感じるのは、解決できない矛盾だなと感じている。