駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

ブルー・エンブレムと記憶の狭間

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気が付くと、左ひざの少し上あたりがズキンと痛む。

自転車を降りた瞬間だった。

あれ?と思うけど気にせず会社に向かう。

トイレでひざを確認すると、直径3cmサイズの青あざができていた。

見るからに痛そうな色味に仕上がっている。

そこでわたしは頭を抱えて考える、どこでこんなに大きなあざを作るような打撲を被ったっけ?

ところが、いくら考えてもまったく記憶にない。

小さな切り傷が知らない間にできているなどはよくあるコトで、まあそんな感じだろうかと諦めかけるが、いやしかし、という気分が拭いきれない。

それほどに大きな痕跡なの。

 

結局わたしはコトの真相には辿り着けない。

大人になってからこういうコトが増えたな、ってぼんやり想う。

脳の劣化に加えて日々考えなくてはならない案件が列を作って待っているような状態で、原因究明したとして何の意味も持たないであろう疑問をいつまでも持ち続けるような好奇心や童心など、とうの昔に何処かに置いてきてしまった。

 

すっかり真相を諦める癖がついた、とほんのり寂しい気持ちで考える。

青あざをキッカケにしてわたしは、自分が日々物事の諦め方が上手になったコトを改めて見つなおす。

読みかけの小説。

想い出せない映画の結末。

あの時友達と一緒に笑いあった話題。

別れた恋人の苗字。

忘却の彼方に旅立つ記憶は、加齢とともに明らかに増えた。

それらは、忘れようとして忘れたわけじゃない、まあ中には忘れたくて忘れた記憶もあるだろうけど、大半はただなんとなく消えていく。

それらに理由はないとしても、じゃあいつまで経っても記憶に残るナニかは、理由があって残り続けているのか。

自覚はもちろん、ない。

でもどうせ残り続けるのなら、そこに在る、というコトだけは知覚したいな。

何故だか覚えていて忘れられない記憶が残り続けている理由はどうやったって判らないけど、忘れられないという事実は知っておきたいよね、見えない必然がそこにあるような気がするから。

 

人の体は、無自覚でも正直だと思うんだ。

 

逆に、何故だかわからないけど全然覚えられない何か、もきっと理由があると思う。

単純に「心の底から興味がない」とかね。

そんな風に考えると、自分という人間は思っていたほど優しくないかもしれないし、思っていたほど思慮深くないかもしれないし、思っていたよりもつまらない人間、かもしれない。

認めたくない輪郭が浮かび上がるコトだって充分あり得る。

人の輪郭は「在る」の集合であると同時に、「無い」の集合の逆、でもある。

 

青あざを眺めながら、そんなコトを考えた。

わたしは平和なんだな。