駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

他の人

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自分の人生における、人、他人、の話。

これはわたしの人生のテーマでもある、と思う。

わたしは自分の人生における他者の捉え方というか、認識や感じ方が大きく変化するタイミングが何度かあった。

変化というのは、単純増加のような緩やかで単調な変わり方ではなく、ある瞬間に階段状にガクンと上がったり下がったりする。

人に関する変化に関わらず、内面的な変化というものはいつだって例外なく階段の変化。

段々と徐々に変わっていく、なんてコトを経験したコトがない。

変わりたい、と強く想いながら生きていてもその成果は現れる瞬間までは、まるでそれまで何ゴトもなかったかのように同じ自分のまま。

この先変われるかどうかなんて解らない、もしかしたら変わらないかもしれない、そんな不安が脳裏をかすめる。

この不安に勝てるかどうかは、何かに自分が試されている気がする。

そうして、もしかしたら無意味なコトを続けているかもしれないという不安と押し問答しながら、今にもポッキリ折れそうな信念を握り締めて変わろうとし続けていると、ある日突然その日はやってくる。

ずっと以前からそうだったかのように何気なく変わっている。

そして変わった後は二度と元の場所や感覚には戻らない。

戻りたくても戻れない、というか元の状態を思い出せなくなる感じ。

違っていたコトは思い出せても、感覚は煙のように実像を持たない存在になってしまう。そんな感じ。

わたしは自分の人生における他者の捉え方というか、認識や感じ方が大きく変化するタイミングが今年もあった。

来年もあるかも知れないしないかも知れない。

2017年はあと1日でおわる。