駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

勤人を想う

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今日から2018年の業務を開始した、わたしがサラです。新年早々年始ぽくない記事からはじまりはじまり。

サラリーマンになる機会

わたしは嫌だと感じるコトを徹底的に排除する生き方を続けた結果、最近までサラリーマンになれる機会がなかった。

これはこれでまたまたの偶然が重なってできあがった結果であって、サラリーマンになりたくないと強く思っていたわけではないの。

 

やりたいコト以外は全てやりたくないコトかというとそうではないわけ。

つまりは産まれて初めての経験が、手に届く範囲でまだ残っていた。

これは本当に幸せなコトで、本来「産まれて初めての経験」は生きれば生きるほど数が減っていくでしょ。

 

つまり「初めて」には価値があると感じているんだ、わたし。

しかも絶対的に代替不可能だと思う。

 

世間でいう「就職活動」なるものの経験もなかったわたしなので、再就職にあたり大した就職活動もしないまま手に入れたサラリーマン待遇だったコトも手伝って、こんなに物事が簡単に無責任に進行していいのか?と自分の目と耳と川の流れを疑うばかり。

フリーランスのデザイナだった頃は何れの場合も自分の行動の責任は全て自分に課せられた。

当たり前よね、しかしサラリーマンは、いきなりこの部分から違ったの。

リスクの話

会社に不利益な行動をした瞬間に当月の給与がカットされるなんてコトはよほどのコトでない限りはないのだから、日本国の法律は労働者にまあまあ甘い。逆に経営者に超厳しい。

 

世間ではブラック企業だとか社畜だとか、明らかに搾取する経営者と低賃金に喘ぐ労働者という構図で捉えがちよね。

確かにそういう側面もあろうし、事実としても存在しているんだろうね。

 

わたしはそれを嘘だ、と否定したいんじゃなく、思考停止してるんじゃない?といいたい。

大手企業のブラックさ加減は目立つ、単純に被雇用者が多いから。

 

酷い企業はガンガン晒されて倒産してくれればいいと思うけど、サラリーマンという立場の安定感はもっと考えた方がいいんじゃないかなと思う。

いや、違うな。安定感というよりは無敵感か。

 

マジで去年はそう思ったんだ。

搾取?解雇?パワハラ?大丈夫、訴えろ、ほぼ勝てる。

わたしは自分を採用してくれた社長に感謝しているから死ぬまでそんなコトはしないけど、とにかく日本の法律は労働者に超甘い。

 

何か労働上の揉め事が発生した時に会社が勝つのはかなり困難だと思う。

何をいうか、サラリーマンだってハイリスクな部分もあるぜ、と思われたかな。

 

そう、その通りまったくおっしゃる通り、サラリーマンにはリスクもある。

 

しかしそれをいうなら、リスクの無い職業や業態などそも存在していないので、いうに及ばず程度の事実だと思うんだ。

そしてそのリスクは潜在的な部分で経営層に比べて遥かに軽い。

経営者の憂鬱 

自分が経験したから判るけど、経営者の多くは、経営者になるコトを幼い頃から夢見て育った人ばかりではない。

色々の事情と巡り合わせによって経営者になった人が意外に少なくない。

 

そして彼らは(わたしも含め)、充分に経営の勉強をしてから経営を始めているわけじゃない。

全ての親が、子供ができるまで子育ての素人であるように、経営者は素人のまま経営者になる。

 

大学で経済学を学んでいたとか経理知識を勉強してきたという人もいるけど、正直いってヌルいし浅い、無駄だとはいわないけどね。

勿論経営センスが最初からある人もいる。

そんな人は特殊なので、どの世界にもいる特例として無視してもいい感じかな。

 

経営という行為は、ヤッて転んで起き上がる、という経験を繰り返すコトによって、圧倒的な速さで学ぶものだ、と思う。

経験すれば、何を学ぶべきなか感覚的に理解出来るし、その重要性が身に染みてくる。

 

学問として扱うコトと、自分の使命や生きる道として扱うコトとでは、天地の差がある。

失敗したら破産するかも。

失敗したら社員達の生活を台無しにしてしまうかも。

失敗したら家族離散になるかも。

失敗したら凄くお世話になった尊敬する人に大きな迷惑をかけてしまうかも。

失敗したらもう日本には住めないかも。

 

こんな恐怖が脳裏をかすめながらも、決断を凄まじいスピードで下していかなければならないとしたら。

それでも経営者は逃げずに経営しなくてはならない。

事業を推し進める為に。

社員に給与を支払う為に。

取引先に支払いをする為に。

自らの糧を得る為に。

 

初めてサラリーマンになったわたしは思う。

サラリーマンは無敵だと。

せいぜい、クビになる恐怖くらいだろうか。

 

それも、余程法外にやらかして解雇されるコトを除けば、不当解雇だとして声を荒げればそれなりのお金を経営者からもぎ取れるし、残業代の未払いを地道に記録しておけば、いざという時に使えるだろうし。 

無敵のサラリーマン

するしないは別として、被雇用者の権利は絶大に守られている。

サラリーマンになって感動したコトがある。

世間一般では当たり前とされているコトが、超新鮮で、超感動した。

1.有給休暇がある

休んでいるのに給与が支払われるなんて。

勿論知っていたし、役員の頃は社員達に有給休暇を消化してーなんていっていたが自分で消化したのは初めてだったんだ。

ありがたいと本気で思った。

あと、盆と正月がまともに休めて、土日も本気で休めるのも嬉しかった。

役員の頃は休めても、気持ちが全然休まらなかったし盆休みなんて10年くらいなかったんじゃなかろうか。

午前中に墓参りだけして、午後から出社していたな。

2.ボーナスがある

以前役員をしていた頃は長年賞与を出したいと思いながら遂に賞与支給が出来なかった。

だから、賞与についてはかなり意識が向いていたのに、自分がもらうものとしては考えたコトがなかったので、賞与が支給された時は本気で何かの間違いだと思った。

よく世間では賞与が高いとか安いとかいう。

もちろん「賞与期待が前提だから安い基本給でもなんとか食いつないでいる困窮状態」というのもあろうから重要な話題だ。

しかし、完全にその存在を忘れていたわたしにとっては、本当に「ボーナス」であった。

宝クジを当てたような感覚。

本気で嬉しかった、賞与が支給出来る会社に雇ってもらえたコトが。

3.全ての責任は上司にある

誤解があるかもしれないので補足すると、「最終的な」責任の話。自分の後ろにまだ何人かついてくれているってコト、この安心感ったら半端じゃない。

前職では、代表取締役が自分の後ろにいたはいたけど、そのカードは基本的に使えない、というか使う時は相当の大事なのだから、それはそれで緊張感が伴う。

安心感というのとはやや違うんだよね。

むしろ、社員達の後ろ盾となるコトが仕事の一部でもあったから、安心感を持ってもらえるような存在でありたいと常々思っていた。

まあ事実どう感じられていたのかは知らないけど知らない方が幸せということもあろうから気にしていない。しかし今は違う。

これは何も大きな失敗をした時の後ろ盾といった意味に限られない。

日々のちょっとした判断や、業務上の会社的な判断など、「判断」や「承認」という工程においてことごとくその責任が上位層に委ねられ転嫁されるコトに、驚く程の安心感がある。

このコトは働き出してから初めての経験、体感だったから物凄く新鮮で驚いた。

最後にヒトコト

嫌なコトは引き続きやらない、ここが最終的に重要だと思っている。

これだけを維持出来れば、毎日を楽しめる可能性があり、仕事を続けるコトが出来る。

サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。

今は尊敬の念を持ってこの言葉が身に染みるのだった。

わたしが辛口芸人上岡龍太郎です

わたしが辛口芸人上岡龍太郎です