駄目人間は今日も

駄目人間鬱患者サラがいいたいコトを吐瀉する徒然エッセイ

人形の話:破

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わたしは人形が大好きだ、というコトを話したくなったのは何も今に始まった衝動ではない。ブログを書き始めてからずっといつか書きたいなと思っていた案件だったんだよね。 

人形大好き社会人の、わたしがサラです。

小学生の人形愛好 

わたしが小学生時代に、どんな風に人形を愛し遊んでいたのかはつい先日の記事で書いてみた。幼い頃のわたしは、両親の金銭的援助を無自覚に受けながら、自ら創る人形世界にはまり込んでいた。そんなわたしが中学生になった頃の話を書いてみようと思う。 

小学生時代の裁縫による人形制作は中学生になっても続いた。でもさすがに、あまりに可愛らしいモノは表立って作りにくいというか、作っているコトを周りに悟られるのが恥ずかしい気持ちになっていった。 

なんとなくそういったメルヘンな趣味を持っているコトが自分には不釣り合いのように感じられたし、周りの人達もそう感じているんしゃないかなと思っていたからだ。 

ただ人形が大好きなのは変わりない。 

そんなわたしが次なる楽しみを何に求めたかというと、粘土による造型だった。きっかけは、美術の時間に課題として作るコトになった紙粘土のマリオネット。

造形の魅力に捕まった

当時美術の時間はわたしにとって、あらゆる行為の中でもかなり上位に位置する存在で、自分の妄想を机の上に広げてあれこれと弄りまわすコトが、許させるどころか褒められるという最高のシチュエーション、と考えていた。 

周りのみんなは美術の時間を、適当に課題をこなしながらお喋りできる気楽な教科として捉えていたみたいだった。しかしわたしは、この時間の充実を一人図っており、誰と競うでもなく正に自分と競っていた(お、かっこいい)。 

限られた時間と材料、道具、の中で最高のパフォーマンスを叩き出すにはどうしたらいいのか、と本気で考えていた。今思えば、何でそんなにも自分を追い込もうとしていたのか、正直覚えていないんだよね、えへ。

とにかくその頃は「考え抜いて作品を造るコト」に憑りつかれていた。そうして何気ない紙粘土のマリオネット制作という、割とどうとでもなるような課題でわたしは、本気の造形に踏み込んだ。

道具萌え

始めて「スパチュラ」を購入したのはこの時。

スパチュラというのは、極簡単にいえば「ヘラ」のコト、つまり粘土ベラね。幼稚園で使うような可愛らしいヘラではなくて、本気バージョンの金属製粘土ベラ、といえば伝わるかな。

金属 両頭 スパチュラ 12本 セット 工具

こういうシロモノ。わたしはこのプロ仕様感に萌え萌えしながら、少ないお小遣いを投入してスパチュラのセットを手に入れた。その頃はたかだか3本くらいのセットだったけど、わたしにしてみればもはや最強の道具に見えていたので(勘違い)、無限の創作意欲を手に入れた、ような気分に浸れた(勘違い2)。 

ゼノモーフ

で結局何を造ったのかといえば、当時から大好きだったスイスの画家、H・R・ギーガーの作品で一番有名な「ゼノモーフ」。当時のわたしは透明パーツの造形技術がなかった為、いわゆるキャノピー部分には手を出せなかった。 

ここはゼノモーフの最大のチャーム・ポイントだったのでとっても残念だったけど、自分の技術の範囲内で最高のモノを造れればいいじゃん、と自分を励ました。体中の細かなパーツは全てを紙粘土で再現するコトが不可能だと早々に見切りをつけて、アルミ線とかベンダブルラバーとかゴムチューブなんかを買い込んだ。 

ある程度の骨組みができあがってしまえば、あとは時間との闘いで、ただひたすらに細かなパーツを効率よく造形しては貼り付けるだけ。わたしとしては、授業中の時間だけで塗装まで完了させて学校で「できた」といいたかったのだけど、そうはならなかったんだ。

造形はなんとか終わったものの乾燥の時間が全然足りていなくて、泣く泣く家に持ち帰って塗装を施した。キャノピー部分は、塗膜が磨けるアクリル塗料で塗って、あとはひたすらコンパウンドで磨きまくった。 

どうしても、艶めかしい生物的な反射が欲しかったんだよね。 

かくしてわたしの初造形「ゼノモーフ」は完成。作品提出の時には美術の先生が歓喜してくれた。まわりの友達は、覚えてないけどたぶん強烈にヒいていたと思うんだな。

お前こんなものばっかり作ってたのか的な空気を背中で感じながらでもわたしは、「いいえはじめてですから」と心の中でいい放っていた。

心の中でね。

最後にヒトコト 

結局このゼノモーフは、なんだか色々な場所に持っていかれて、紙粘土でもこんなコトができるんですよ的なサンプルとして活躍してくれたらしい。紙粘土以外のパーツが多いんだけどね、まあそういうコトにしておくか、って感じ。

さてそこから、粘土造形への執着というか追及が始まった。それは深い深い沼だったんだけども。

-つづく-

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