駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

いいすぎた夜

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人は言葉の使い方をよく間違う。自国の国語であっても、大人になって喋る機会を数え切れないほど経験したとしても、物語を数多く読んで慣用句を頻繁に読み知ったとしても、間違う。 

言葉を使うコトの難しさと影響力に気分がぐんにょりしている、わたしがサラです。

言葉は難しい

比較的言葉には気を使う方なんじゃないかなと思っている、あくまで自己評価だけどね。感情的突発的発言を好まないし、口に出して表現する前に一度頭の中で音にして確認する癖がついたのは、もう随分昔のコトだ。 

自分から発せられた思わぬ発言がもたらした、望ましくない影響を経験したわたしは、言葉に臆病になった。少なくともリアル生活においては多分必要以上に、言葉に怯えている。 

どうだろう、ブログではわたしは自由闊達に文章を綴っているように見えるのだろうか。それとも言葉に怯えているコトがありありと見えているのだろうか。

ブログでのわたしはリアル生活よりも幾分気楽な言葉世界を過ごせているかもしれない。ただ、それは自分ではもはやわからない。特別そのコトを隠そうとしているわけではないから、自然に表現されているのかもな、なんて思ったりもする。 

いずれにせよわたしは、言葉に怯えている。 

そうして怯えながら、踏み外したくないと思っているある一線に注視しているにも関わらず、わたしは時々言葉の問題で、やらかしてしまう。

昨夜はそんな苦い経験をした。 

その場を凍りつかせたわけではないし、特定の誰かを著しく貶めたわけでもないし、もしかしたらわたしがやらかしたコトに気がついた人はいなかったかもしれない。でもわたしは明らかににわたしが思う一線を踏み越えてしまい、後から激しい自己嫌悪に陥った。 

吐いた唾は戻らない、と思うからもうどうしようもない、だからその件については、もう終わったコト。頭ではそう解っていながら、自分の浅はかさに心臓がネジ切れるような想いが消えない。 

自己分析するなら、無自覚にオゴリが心の内にあった、のだろうと思う。わたしが嫌いな感情のトップグループに属するその感情を、わたしは未だに捨て切れておらず、その種を自ら発芽させてしまうのだから、救いようがない。 

もう、自分は変わらないのだろうか。今夜は引き続きふて寝してやるんだ。早く仕事の渦に飲み込まれてこのコトを忘れ去りたい。 

言葉は難しい。