駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

何度やってもできない

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同じ失敗を2回繰り返すコトがすごく嫌い。

嫌いというか、憎んでいるといってもいいかもしれない。

もちろんそれは自分の話なんだけど、時折偶然他人の失敗を目にして、たまたまそれが全く改善施策を講ずるコトなく何度か発生したものだった時には、なんともいえない苦い気持ちが沸き起こる、わたしがサラです。

 

わたしは今までアルバイトを含めても、三つ程度の職種にしかついたことがない。 

「しか」などと勝手判断を含むモノイイをしてしまった。

これはわたしの主観に完全に依るところで、本来的にはもっと多くの職業に関わるなどして、見聞を深めたりしたら良かったかなと思い続けているからなのね。

もちろん、なんでも自分にはできるはずだというような自信がそう思わせるわけじゃない。

そんな自信をわたしは持っていない、というか、大抵のコトに自信がない。

でもだから、できればより多く経験したいとか、より多く知りたいとか感じるんだよね、わたし。

 

その感情はわたしにストイックな好奇心を要求するし、今のままでは駄目だという苦しい自己評価をくだす。

 

すっかりそんな自分に慣れ親しんだ今では、もはや疑問を持つコトもなく当たり前の情動として受け入れているわけ。

考えようによっては、3つ程度の職種を経験した時点で、永く続けようと思える仕事に出逢えたのはラッキーともいえる。

もし、今の職業に出逢うコトなく今でも、続けていきたいと思える職業が見つかっていなかったらと想像すると、どんなに不安だったろうか。

 

想像しただけでゾッとする。

 

でも、どのみち然程変わっていなかったもしれないな、なんて楽観的な気分になるのも事実で、わたしという人格や性質がほぼほぼ完成した高校生の頃から、殆ど何も内面的には変化していないんだよね。

過去にも書いたコトがある気がするけどまた書くと、わたしは高校2年生の時に完成したと自分では思っている。

2度3度と失敗を繰り返すような、つまり自分には合っていない仕事に就いたとしても、ただただ上達を目指してマシンのように作業を繰り返す感情や根気をわたしは持っていない。

 

忍耐。

 

わたしからもっとも遠い言葉だと思う。

進展の感じられない行動を続けるコトができない。

失敗は何度でもしてきた。

気が遠くなる程の回数、わたしは失敗という結果のために自分の時間を費やしてきた。

わたしは失敗が大嫌いで、ただの1度もどんなに軽いといわれる失敗も心底回避したいと常々思っている。

だのに、失敗する。

流石に大人になってからは自分が簡単に成功できないというコトを認めざるを得なかったし、万に一つの期待も無意味だというコトを思い知った。

だから、失敗の数は減ったなと思う、思うけどなくならない。

自分から未知の何かに取り組むコトは随分と減ったのに失敗がなくならないのは何故なのか、わたしは意識をぼんやりさせて適度に受け流して生きている。

 

仕事では失敗に終わったという経験はほとんどない。

理由はシンプルで成功するまでやめなかっただけのコト、だって仕事だからね。

自分1人だけの力量で仕事を生み出し継続させていくコトを放棄した時点で、わたしは仕事で必ず成果を出さなくてはならないと思っている。

 

お金もらってるからね。

 

お金を稼ぐのは簡単ではないけど誰でもできる、って昔から思っている。

一つの手段だけで生活が成り立つ程の対価を得られるか、という意味では必ずしもそうではない、かもしれない。

環境やアクシデントによって、希望した手段が選択肢から消えてしまい、不本意な形でしか対価を得る方法が残されていない場合もある、かもしれない。

でも幾許かの対価なら稼げるような気がする。

つまり、お金をいただくコトに対する意識を変えたら、なんとか生きていくコトくらいはできるってわたしは思っている。

死にたくなるようないやな思いをするくらいなら辞めて、次のを探せばいいと思うんだよね、わたし。

 

何度やってもできないコトって、これから先もやり続けなくてはならないのか、っていう疑問を持っている。

2回同じ方法でヤってできなかったコトは、わたしにとっては永遠にできないコトと同義。

3回目は方法を変えるか工夫するか、とにかく思考する。

思考するっていうか、思考せずにはいられない、だって2回も失敗しているのにまた同じコトが起きそうじゃない?

わたしは単純に気が短いのかもしれないな、うん、そう表現するのがなんだかぴったりな気がする。

 

結果的に、わたしはドライな人間だと思われる機会が多い気がする。

どんなに時間をかけた手段や準備でも、失敗したら躊躇なく捨てるし、替えるし、改造する。

だって何度やってもできないのって嫌いなんだもん。