駄目人間は今日も

鬱病を持っている駄目人間サラが吐瀉する徒然エッセイ

脳疲弊

f:id:sara_pezzini:20180518215724j:plain

ある案件で忙殺されている。

このプロジェクトに関わった時点でこうなるコトは見えていたので、今更文句をいうつもりもない。

ただ、脳を酷使すると思想がささくれ立つので良くないなって思う。

心の表面がささくれ立った古畳になっている、わたしがサラです。

思考行為が比較的好きな人類であるわたしではあるけれど、それでもやはり一日中アレコレと何かを考え込むコトはできないし、1時間オーバーの会議を日に何本もこなすコトはできない。

思考はとても体力を奪うのだ、極悪に。

だのにある種の快感も伴うコトが、思考行為の罠であり極悪さの所以である。

 

わたしは今、思考による成果を求められるコトが頻繁に発生するような立場にいる。

ざっくりいえば「判断」を求められる。

判断と一言にいっても、

 「どうするの?」

 「こうしてね」

というような簡単なやり取りで済むなら世界はもっと平和だろう。

「どうするの?」という問いに対して即答できないケースが圧倒的に多いのだ、残念ながら。

しかしだから、判断するという行為自体に価値が発生するし、わたしはある意味でその価値を売っている。

想定外の角度で跳んでくる「どうするの?」に対して思考を巡らせた結果、別の思考行為が必要であるコトがわかってしまう。

わたしは徐ろに、新たな思考行為に必要な材料を集め始める。

 

まずは情報。

 

客観評価できる情報を可能な限り多く、可能な限り最新の状態でかき集められるか否かが、判断の精度を決定する。

しかしそのコトが解っていたとしても、集まらない時は集まらない、もう絶望的に集まらないコトだってザラにある。

集まらなくたって「どうするの?」は消えてなくならない。

なんだったら、材料が集まらない状況が「どうするの?」の不安感を掻き立て、「どどど、どうするのおおお?!」に変貌する時もあったりする、もうやってらんないなんなのまったくもうプンスカ。

 

次に、人を集める。

 

思考行為を分散できるような情報や経験を多く持っているか、思考速度が速いタイプのプロを、自分が持っているコネクション総動員、ワガママに、無遠慮に集める。

彼らにミッションの概要を最低限示したら、「残りは自分で走りながら理解して」とぶん投げて、いきなりトップ・スピードの議論に巻き込んでいく。

わたしはこのテのやり口が実は得意だ。

得意になるつもりはなかったが、不本意ながら得意になってしまうほど頻繁に、そんなシチュエーションに投じられてきたに過ぎないんだけどさ。

仕事は、完全なる滅私を要求する時が度々ある。

わたしは人と話したくないと感じていても、その感情を完全に滅殺して「どうするの?」をやっつける。

 

ともかく。

 

武器が全然足りなくても成果を出すしかない状況が日々発生していて、その対応をわたしは遂行している。

気がつけば半月が一瞬で消えた。

この半月の成果を自己評価するなら、「そこそこ」だ。

なんとかあと半月で「まあまあ」にしたいと思っている。

最終的には「なかなか」くらいにしたいよね。

 

駄目人間は今日も、駄目。

ガンバラナイけどいいでしょう

ガンバラナイけどいいでしょう